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| 蝦夷親不知 第4部 |
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途中が潰れた覆道を突破した直後ですが、地形の様子がどうも変です。右手の崖まで随分距離があり、路面と崖との間には穴のように空間が広がっています。 これはもしかして…橋? |
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地形図を見ると、この場所では山側へ向かって崖に囲まれた沢が延びており、確かに橋があってもおかしくない地形をしています。 1:25,000 美谷 昭和54年9月30日発行 |
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橋らしき区間を渡りきってから振り返って崖側を覗き込んでみると、どっしりとした石垣の橋台が見えました。やはり橋だったようです。高さは10メートル程でしょうか。藪に覆い隠されてしまい、橋桁はどうしても確認することができませんでした。 後に机上調査したところでは、おそらくこの橋は滝ノ橋だと思われます。虻羅トンネル開通以前の橋梁現況調書に掲載されていたもので、それによると橋長:18.6m、幅4.5m、橋面積83.7u、下部工形式:雑割石垣。昭和33年3月10日竣工、建設費40万7千円(当時の大卒初任給:1万3千5百円)の木造板橋だそうで。 え!?木造!? |
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現況調書でデータを確認したとき、背筋にぞぞわぁっときました。うそ…数十年も放置されている木の板の上を歩いたってか? 昭和33年竣工ということは探索時で丁度50歳ということになります。木ってそんなに持つものなんでしょうか?竣工後に改良されて鉄桁になったとかないかな。 この滝ノ橋は滝ノ川を渡っていると現況調書にはありますが、沢どころか右手は切り立った崖です。しかし記録によると蝦夷親不知には"冬には大氷柱と化す滝"があったとされます(瀬棚町史,p91)。ひょっとしたらここがその滝で、今の時期は水量が極少ないから消えているのではないでしょうか。だとすると滝ノ橋という名称もつじつまがあうのですが。 |
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橋を渡りきった直後では壁が道路をふさいでいますが、これはもちろん潰れた覆道です。瀬棚側から数えて三つ目の覆道となります。 この廃道を歩いた記録として、1992年に北海道新聞社より出版された『忘れられた道 北の旧道・廃道を歩く』(堀淳一/文・写真)があります。すでに廃止後20年近くたった1991年8月にこの廃道を歩いた記録が掲載されており、それの写真を見ると当時すでに道は藪で覆い尽くされています。しかし写真の中でこの覆道はまだしっかりと建っていました。ということはここ十数年の間に崩壊したということなのでしょう。 |
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壁の脇を回り込んでみると、覆道の続き部分の屋根がやはり潰れていました。ちょうど私と天空開発が立っている場所あたりに落石があって屋根をつぶしてしまったのでしょう。 |
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脇に回って様子をうかがってみると、ここから先は内部を歩けそうです。鉄骨や金網の隙間から内部へと入り込みます。 ここで入る時、ちょっとだけ…本当にちょっとだけ、錆びてボロボロになった鉄骨を踏んで欠けさせてしまいました。本当にごめんなさいm(__)m |
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この覆道も潰れた部分を含めて30m以上はありそうに思います。やはり道路現況調書には記載のないものと見るべきでしょうか。 この覆道も内部に植物はほとんど茂っておらず非常に歩きやすく、一挙に距離を稼ぐことができるので大変助かります。 |
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潰れている入り口側を振り返って撮影。柱3本分程がへし折れています。 |
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覆道を出てみみると…おわー!道がふさがれた。 かなり大きな岩がごろりんと転がって道路を塞いでいます。ここは崖側にやや余地があったのでそこを乗り越えて行きます。 |
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巨大な落石があるのはおおむねこの地点です。地形図の上では山側はすぐ崖になっていますが、実際はやや広い空間が存在しており、そちらから回っていくことができました。 1:25,000 美谷 昭和54年9月30日発行 |
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しかし回り込んでみたはいいものの高いところに出てしまい、道路に戻るまで少々苦労しました。 |
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ちょっとした切り通しを過ぎると、藪の向こうに次の覆道が見えてきます。しかし! |
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路盤が…ごっそり逝ってる! 崩落はかなり決定的かつ絶望的に見えます。いったん海岸に降りてから向こうを登ろうかとルートを模索してみるもなかなかうまくいきません。 あちゃーだなあ。どうしたもんか。ここまできて引き返すしか無いのかなあ。すぐそこに次の覆道が見えているというのに… |
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位置としてはこのあたりになります。もうあと少しで突破というところまで来てこの難関!もしこれを越えられないとなると、今来た藪をまた歩き、虻羅トンネルを抜けて…うわあ面倒くさい。 しかしここの突破は厳しそうだなあ。 1:25,000 美谷 昭和54年9月30日発行 |
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