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蝦夷親不知
第3部
 
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怖いもの見たさというのでしょうか、ついつい崖を見上げてしまい、その度に背筋を冷やします。
虻羅トンネル開通以前の人々はこの崖におびえながらここを通ったのでしょうか、あるいはすっかり慣れたものでさほど気にせず通行していたのでしょうか。

瀬棚町史には"冬濤(なみ)や蝦夷の瀬棚の親知らず"の句と共に蝦夷親不知現役当時のことが簡単にですが記載されています。それによるとこの道にはバスも通っていたそうですが、すれ違いとかできたんでしょうかね。

参考:瀬棚町史,p91
しかし蝦夷親不知という仰々しい渾名を持っているにも関わらずこの道についての記録はその程度のもので、この道がいつ開通したのかを特定することはできませんでした。ただ、現況調書によれば島歌隧道の竣工が昭和2年(1927年)ということですので、昭和2年かあるいはそれ以前の開通と推測できます。
天嶮とはいえ同じ国道229号でも昭和49年(1974年)開通の茂津多岬などに比べると随分早くから開通していたのは、距離が1.2km程度と比較的短かったからでしょう。なまじ早くから道がついていたからこそ、蝦夷親不知という名称が与えられたのかもしれません。
また、事故や災害の記録も残っていません。蝦夷親不知の名前の割にはさほど大きな事故は無かったのかもしれませんし、落石程度は日常茶飯事で、記録する気にもならなかったのかもしれません。
昭和42年の地形図によると現在位置もトンネル記号の中となりますが、構造物の跡も隧道を開削した跡も見あたりません。昭和42年の地図は間違っていたか、その時には長い覆道があったけど昭和52年までにそれは撤去され、後に今残っている二つの短い覆道が設置されたかということなのでしょうか。

最初の丸い覆道(白壁隧道?)からそう離れてもいない場所に次の覆道が見えてきました。今度は四角い断面の覆道で、良好に形状を保っているように見えます。
覆道手前に鉄の釜のようなものが放置され、その中には空き缶などのゴミが入っていました。道が廃止となって後に置かれたものには違いありませんが、いつ頃のものでしょう。
なんか懐かしい柄のジュースの缶が。口がプルトップになっているところを見ると、昭和末期頃のゴミなのかな?
さあ、二番目の覆道にたどり着きました。これも見たところしっかりと建っています。最初の覆道とはちがって四角い形の、よく見かけるタイプのものです。
この覆道は地形図で見れば二番目のトンネル記号に相当するものでしょう。丸い覆道からは数十メートルと離れていません。

1:25,000 美谷 昭和54年9月30日発行
覆道に入ると、道幅のほぼ半分を埋めるほどの大きな岩がごろりんと転がっていました。屋根は破れておりませんので、覆道と崖との隙間から転がり込んできたようです。また、この覆道は切り通しの中を通過しているようで、海側にも岩が立っています。

その向こうでは屋根が大きく折れ曲がっていますが…
切り通しの海側に立つ岩の縁で路盤はごっそりと崩壊しています。かなり深く穴が開いており、柱の土台のコンクリートがばっちり露出しています。どうも穴は見えている以上に広そうで、一見無事に見える路面の下にも空洞がありそうな雰囲気。恐ろしくて近寄れませんでした。
屋根が破壊されている所まで来てみると、そのすぐ先にも同じように潰れた屋根が見えます。おそらくこの覆道と向こうの覆道は一続きのもので、落石がこの場所を押しつぶしてしまったのでしょう。周囲には覆道の破片が散在しています。
覆道を破壊したであろう落石の大半は海へと落ちてしまったようですが、屋根をぱっくりと二つに切断している岩盤が地面に突き刺さっています。これはおそろしい。
屋根の上へ登ってみると、まだかなりの長さの覆道がひしゃげた状態で続いています。長年にわたって降り積もった細かな落石の重さに絶えきれなくなって一気に潰れたような感じです。
ここは屋根の上を行くよりも下に潜り込んだ方が進みやすかろうということで、屋根をぶっつり切断している岩盤と屋根の隙間から内部へと潜り込んでみます。
内部は案外広く、人が通り抜けるに十分な空間を保持していました。

海側の柱はひしゃげながらもなんとか立って屋根を支えています。しかしあんまり長持ちはしなさそうです。
覆道の終わりでは屋根が壁となって道をふさいでいますので、これは脇からすり抜けていきます。

この覆道はここで終了ですが、随分と長さがありました。20mや30mではなく、もっと長い覆道です。前述したように地形図の上では該当するトンネル記号がありましたが、現況調書にはこれに該当する距離を持つ隧道は記されていませんでした。
 
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