...
 北海道 道路レポート"カントリーロード" >> その他レポート >> 帆越山トンネル旧道 >> 後編
 
帆越山トンネル旧道
後編
 
<<前編 その他レポートTOP
 
先ほどから見えていた帆越第6覆道こちらの写真(国土交通省サイト内)によると、台風18号の折には覆道手前の舗装剥離箇所に屋根らしき構造物が落下していたようです。先述したように、台風18号が来たのはこの道路が廃止となってからのことですから、その落下物が今ここに無いということは、廃道なのにわざわざ撤去したということなのでしょうか。

※画像の上にカーソルを載せると、現在位置を示します。
帆越第6覆道の内部は水没しており、窓から差し込む光や壁面などがうつりこんでいて良い雰囲気を醸し出しています。水深はさほどでもなく、アスファルトがはがれた分だけ浸かってるといった感じです。一段高くなっている路肩の部分は水没を免れていましたので、そこを辿って靴を濡らさずに進むことができました。

北海道の廃道において、水没というのは例が少ないように思います。少なくとも2008年8月現在、私が遭遇した水没物件はこの帆越第6覆道だけです。

奥のほうが暗くなっていますが、窓がその部分には存在しない上に急な右カーブを描いているからです。
帆越第6覆道のすぐ先には帆越第5覆道が待ち構えています。帆越第5覆道は見ての通り、さほどの延長を持たない直線の覆道です。
帆越第5覆道を抜けるとやや距離を置いて帆越第4覆道。それにしてもこの穏やかな日本海が道路をぼろぼろに破壊してしまったというのもにわかには信じられません。

※画像の上にカーソルを載せると、現在位置を示します。
帆越第4覆道を抜けると、次は帆越第3覆道です。

覆道手前は切り通しになっていて迫力があります。覆道は入り口すぐから右カーブしており、大変見通しが悪いです。本当に、現役当時は通行に苦労した道路だったんでしょうね。
帆越第3覆道を抜けると、コンクリートの土台のようなものがずらりと並んでいます。なんだこりゃ?

探索時は覆道の支柱の土台かなと思っていましたが、こちらの写真(国土交通省サイト内)を見ると、どうやら覆道ではなく落石から道路を守る擁壁のようなものがあったようです。
上の写真の左カーブすぐ先には帆越第2覆道。擁壁土台が覆道手前までびっしり続いています。ここはそんなに落石が激しい箇所なのでしょうか。

路面を見ると、さほど落石が積もっているようには見えませんが、アスファルトがペロっと剥離しているのが目に付きます。やはり自然の力がアスファルトを綺麗に剥がしてしまっているのかも。

※画像の上にカーソルを載せると、現在位置を示します。
この道路は、日本海と、そこに落ち込む崖との間のわずかな岩礁に路盤を盛って作ったもののようです。おそらく、これから何十年かしたら日浦岬旧道のような状態になっていくのではないでしょうか。
さあ、最後の覆道になります。帆越第1覆道です。

※画像の上にカーソルを載せると、現在位置を示します。
帆越第1覆道は、唯一、内部にすれ違いのための待避所を備えていました。覆道は距離が長い上にカーブを描いていますから必要な設備だったのでしょう。また、右側の柱の上部に白くなっている箇所があるのがわかりますか?これも帆越第1覆道にのみ見ることができた照明の跡です。
その照明跡直下にはプレートが貼り付けられており、そこに帆越第1覆道という名称が刻んでありました。
覆道の出口側は窓が無く、代わりに矢印が貼り付けられています。この覆道を出たところで、廃道区間は終了となります。
廃道区間を抜けると、そこには神社が建っています。北海道で最も東にある太田山神社の拝殿です。では本田はどこかといえば、拝殿の奥にそびえている太田山の中腹です。
太田山は古くから信仰を集める霊山で、その中腹に太田山神社本田はあります。しかしこの神社への参拝は並大抵のことではなく、斜度45度を越える果てしなく長い石段を登った上に、崖をよじ登らなくてはいけません。

旧道のうち、ここから先は太田山神社参拝のために今でも利用されています。

※画像の上にカーソルを載せると、現在位置を示します。
上の写真の左手の岩場には、高さ1.3mの灯篭がちょこんと置かれています。1857年(安政4年)に設置された定灯籠という日本最古の灯台を1988年に復元したものです。

この定灯籠のオリジナルは嵐で失われ、その後存在を忘れられていました。"じょうとうの崎"という地名だけは残りましたが、長らくその由来が不明とされてきました。それを地元の高校教諭が古文書から定灯籠を突き止め、定灯籠の台座と破片を発見して存在を確かめたのです。
太田山神社拝殿をすぎると、旧道は現道に合流します。右手に見える四角いコンクリート構造物は帆越山トンネルの北側坑口です。

北檜山大成線が全通を果たして通り抜けが可能となった暁には、この道の交通量が増大することが予想されます。そのときに今歩いてきた旧道では明らかに力不足だったでしょう。立派な帆越山トンネルがあってこそ北檜山大成線は地域住民の足として、また、国道229号の代替路としても真価を発揮できるはずです。
 
<<前編 その他レポートTOP
 
 北海道 道路レポート"カントリーロード" >> その他レポート >> 帆越山トンネル旧道 >> 後編