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| 帆越山トンネル旧道 前編 |
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後志から檜山にかけての日本海沿いといえば国道229号ですが、せたな町においては国道229号は内陸を迂回し、海沿経路は道道740号北檜山大成線が引き受けています。しかしこの道道は2008年8月現在まだ全通を果たしておらず、北海道本土最西端である尾花岬をはさむ未開通区間の開通はもう少し先のことになりそうです。 現状では尾花岬を挟んで二本の盲腸線が対峙しているかたちになっていますが、今回紹介する旧道はその南側の行き止まりに程近い場所にあります。左の地図の中央下、赤枠で囲んでいる部分です。 |
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上に掲載した地図の赤枠範囲の地形図です。(1:25,000 久遠3号-3 後志太田 平成17年発行) 南側開通済区間の行き止まりには太田という集落があり、北檜山大成線は未開通ながらも太田住民の生活を支えている重要な路線です。 しかし、太田地区のすぐ南側には、標高こそさほどでもないものの日本海に向けて急激に斜面を落とす帆越山(標高321m)がそびえており、長らく交通の難所となっていました。この地形図を見ていただければ、現場がどれだけ厳しい地形なのか一目瞭然だと思います。 従来は、海岸にやっとしがみついているかのような狭く危険な道路がかろうじて太田地区を結んでいましたが、2004年に帆越山を貫く帆越山トンネル(L=1,857m)が開通し、交通の便は飛躍的に良くなりました。今回探索するのはトンネル開通以前に使用されていたその海岸沿いの道です。 地形図は帆越山トンネルが開通した翌年のものですが、帆越山の下を貫く長大な帆越山トンネルと、海沿いに走る旧道の痕跡、及び八つの覆道が鮮明に読み取れます。 ※画像の上にカーソルを載せると、現道と旧道を図でわかりやすく示します。 |
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では、探索を開始しましょう。今回の探索はおにぎりの旅第16回の途中で行ったもので、天空開発でした。天空開発も自身のサイトでここのレポートをしていますので、そちらもご覧ください。 さて、旧道へは南側から進入を試みます。 写真は、1,857mの延長で帆越岬(ほごしみさき)を貫く帆越山トンネルの南側坑口です。その手前の、駐車帯の標識があるあたりから左手に向かって旧道は分岐しています。 |
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旧道に入ると、すぐに車線が1.5車線に減少、更にアスファルトが剥がれてしまいます。随分と綺麗に剥がされていますけど、これは廃道となって後の人為的な処置なのかな?それとも、もともとコンクリート舗装? 海岸線に沿って右カーブを描いている道の先には早速覆道が出迎えてくれています。 |
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銘板の類は見当たりませんが、この覆道はおそらく帆越第8覆道という名称だと思われます。ネタバレとなってしまいますが、この旧道で一番最後に通った覆道が帆越第1覆道という名称で、それから数えて8番目の覆道だからです。 うーむ、北側から入れば、レポートとしてスマートだったかなあ。 ※画像の上にカーソルを載せると、現在位置を示します。 |
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覆道内からアスファルトの舗装が始まり、それは覆道を抜けてからも続いています。しかしその途中で下地の砂利がむき出しになっていますが、どうもこれは人為的に剥がしたというよりも自然に破壊されたといった雰囲気です。 |
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と…しかし、上の箇所から少しまっすぐ行った箇所ですっぱりと人工的な直線でアスファルト舗装が終了しています。うーん…ここから先の区間はもともとコンクリート舗装だったのかなあ? |
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晴天だったということもあるでしょうが、それにしても気持ちのよい道です。散歩にはうってつけ! |
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この旧道区間では、全線に渡って海の向こうに奥尻島を眺めることができます。 奥尻島は広さ142.97km²、奥尻町が置かれており、人口は約3,500です。江差と瀬棚からはフェリーが、函館からは飛行機が島と本土を結んでいます。 本当にすぐそこにあるようで、目を凝らせば奥尻島沿岸部の建物も見えるくらいです。 |
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おっと、とうとう路盤が崩壊してしまいました。かなり深くえぐれています。 |
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帆越第7覆道が見えてきました。覆道手前は少し幅員に余裕がとられています。狭い覆道ですから、対向車がいた場合は覆道手前で待機しなくてはならなかったのでしょう。 ※画像の上にカーソルを載せると、現在位置を示します。 |
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帆越第7覆道は窓の無い閉塞感のある覆道です。照明の類が設置されていた痕跡も見受けられません。曇りや雨の日だったら日中でも結構暗かったのではないかな。 覆道内の路面はコンクリートですが、そこには白線がしっかりと残っています。やはり、もともとコンクリート舗装であった区間だということなのでしょう。 |
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おっとっと、随分深くえぐれてる! 帆越第7覆道を出て少し歩いたこの場所が、この旧道で一番激しく損傷を受けている箇所でした。 |
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帆越山トンネルが開通してこの区間が廃道となったのは2004年8月3日のことです(探索の2年半ほど前)。そしてなんと!帆越山トンネル開通たった1ヵ月後の9月8日、北海道に未曾有の被害をもたらした2004年台風18号が襲来、この道をフルボッコにしたのです。またお前か!台風18号! どうもこの路盤崩壊も台風18号の仕業のようですが、幸いにも帆越山トンネルが開通していたことで交通途絶は避けられました。もしトンネル開通よりも前に台風が着ていたら、行き止まりの地区である太田は孤立してしまうところでした。帆越山トンネルは本当に良いタイミングで開通したのですね。 |
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