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| 厚内トンネル 前編 |
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2008年2月1日、十勝支庁浦幌町は昆布刈石(こぶかりいし)の道道直別共栄線において一つのトンネルが誕生し、一つのトンネルが引退しました。共に厚内トンネルという同じ名前を持つトンネルです。 (以降、従来のものを1代目厚内トンネル、今回開通したものを2代目厚内トンネルと呼びます。) |
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道道1038号直別共栄線は現在では内陸を走る国道38号の旧ルートであり、今回廃止になった1代目厚内トンネルも過去には国道トンネルとして東西の行き来を支えていた時代がありました。それが内陸を行く現ルートに切り替わったことで4桁道道に身を落としていましたが、近年になって路線の重要性が再び増してきました。十勝の海岸ぞいを北上して浦幌町で内陸に入り国道38号に合流している国道336号が、そのまま海岸線を北上する新ルートを延ばしてきているのです。このまま国道336号新ルートが昆布刈石まで完成したら、直別共栄線も国道へのアクセスルートとして交通量の増加が予想されます。その交通に対応するために、狭隘な1代目厚内トンネルに替わる2代目厚内トンネルが建設されたものと思われます。 |
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1代目厚内トンネル現役当時、2005年5月の写真です。天空開発と共に私が初めて昆布刈石を訪れたのがこのときで、まだ5月だというのにいやに暑かったのを覚えています。 1代目厚内トンネルは、道路好きにとって特別なトンネルの代表格でした。十勝の雄大な海岸線にぽつんと小さい口を開ける控えめなトンネルは趣きにあふれるもので、荒涼とした海岸線を通る町道昆布刈石海岸線という未舗装道路と併せて、昆布刈石は道路好きにとっての聖地ともいえる場所でした。 |
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今回の2代目厚内トンネルの開通によって、1代目はどうなってしまうのか気になっていたところ、えのページ管理人のえさんが見に行ってみるというので私も連れて行って頂くことに。2代目トンネルが開通して1週間余り、2008年2月9日のことでした。 今回のレポートは浦幌町南部の太平洋岸を通る国道336号から始めましょう。最初に説明したように国道336号は十勝川を渡った後でいったん内陸に入り、国道38号に重複して釧路を目指していますが、2008年現在のところ太平洋岸に沿って北上する新ルートの建設が進められています。 天馬街道を越えて広尾側から北上してきた私たちも新ルートへと入っていきます。さすがに広く快適な道です。 |
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国道336号新ルートはまだ途中までしか完成していませんから、しばらく走って供用済区間終点に突き当たると国道336号予定ルートすぐ隣を併走している未舗装道路に移らねばなりません。 |
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この未舗装道路こそ、かつて道路好きから絶大なる人気を得た"町道昆布刈石海岸線"の一部です。雄大な十勝の海岸線を行く素朴な未舗装路だったのですが、国道336号新ルートが延びていくのに伴って徐々に廃止されていき、今ではわずかな区間が残っていだけです。。 この道の現役時を私は残念ながら写真でしか知りません。私が免許を取ったときにはすでにほとんどの区間が廃止されてしまっていたのです。しかし写真を見るだけでも、どんなに素晴らしい道路であったかが伺え、ここを現役時に走れなかったことが残念でならないのです。 さて、1代目厚内トンネル廃止まだ間もないからでしょう、高さ制限の標識がまだ残っていました。 |
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真冬の砂利道というのも新鮮な印象を受けます。さすが十勝の海岸線は雪が少ない! すぐ脇では着々と国道工事が進められているようで、大規模な築堤が築かれているのを見ることになります。この未舗装道路も釧路-十勝南部を短絡するルートであることからか意外なほどの交通量を持っており、その意味で新国道建設の必要性は理解できます。しかし、なにもわざわざ昆布刈石海岸線を廃止にすることはないでしょうに… |
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昆布刈石海岸線が駆け上るひときわ高い丘のてっぺんは、昆布刈石展望台と名づけられています。展望台とはいっても看板と車を止めるためのやや広い路肩があるだけのごくごく簡易なものですが、ここからの景色は北海道の海岸線の風景としても白眉といえるものです。 この昆布刈石展望台や、その周辺には黄金の滝やパラグライダーの飛行場などがあるため、国道開通後もこの周辺だけは町道昆布刈石海岸線も残されるのではないでしょうか。 この昆布刈石展望台周辺の道路については、弐四四さんがご自身のwebサイトでキャンペーンを主催しておられますので、紹介させて頂きます。 ![]() |
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展望台からはこの先にある1代目・2代目厚内トンネルを俯瞰することができます。 大きく口を開けていやがおうにも存在を主張する2代目厚内トンネル、そしてその海岸側には小さく目立たない1代目厚内トンネルが口をあけて…ない?あれ、塞がれてる…? |
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丘を駆け下り、道道直別共栄線に合流、2代目厚内トンネルへ。1代目厚内トンネルへ続いていた道路はカーブの標識や柵が置かれて塞がれてしまっています。1代目厚内トンネルは現道からは死角にあるため、この時は確認できませんでした。 |
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とりあえず2代目厚内トンネルを抜けて反対側で車を降りてみます。 こちらは2代目厚内トンネルのすぐ脇に1代目厚内トンネル坑口があるのですが…ああ、やはり塞がれてるなあ。 |
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1代目厚内トンネル現役当時、2005年5月の写真です。 上の写真と概ね似たような位置から撮影しているはずです。トンネル手前にはチェッカーフラッグにも似た高さ制限のバーが設置されていて、良いアクセントとなっていました。しかしこのバーは1代目厚内トンネル廃止に先立っておそらく2007年のうちに撤去されました。少なくとも2007年10月に訪れた時点では撤去済みであることを確認しています。 |
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旧道に入り、1代目厚内トンネルに接近。 戦時中昭和19年に開通し、かつては国道38号として東西の交通を支え、とうとう60年以上の役目を終えた老兵はベニヤ板で簡易的な閉鎖をされていました。 |
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廃止約半年前の2007年10月、現役時の1代目厚内トンネル坑口です。これと上の写真とを比較してみれば、壁への注意を促す黄色と黒のストライプや坑口上部の注意書きなどは撤去されていることがわかります。しかし高さ3mを示す制限標識や、その脇の旗はそのままなんですね。 |
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閉鎖はあくまでも仮のものであるようで、口を塞ぐベニヤと坑口の間には腕一本突っ込める隙間がありました。カメラを突っ込んで中を撮影してみると、どうやら向こう側も同じような方法で塞がれているであろう様子を確認できました。 |
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廃止約半年前の2007年10月、現役時の1代目厚内トンネル内部です。轍を見れば、如何に狭いトンネルであったかがよくわかるでしょう。坑内でのすれ違いは不可能で一直線のトンネルであり、進入前に向こう側を確認して、対向車があれば譲り合う。そんな不便さが素敵なトンネルでした。 |
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