 |
わんこそばで一杯になったおなかを抱えながら、駐車場に戻って車を発進させます。 |
 |
13:13
滝沢村、雫石町と走って、小岩井農場に立ち寄りました。私は普段から、小岩井りんごジュースを愛飲しているもので興味があったのです。自動販売機で小岩井ミルクとコーヒーを買い求めました。
さあ、ここからはいよいよ帰路です。今夜のフェリーの時間に間に合うように青森を目指します。 |
 |
14:09
国道4号を北上、岩手町で道の駅"石神の丘"へ行き、スタンプを押しました。やっぱりきっぷ無いんだなもう!
この道の駅の中で、いかにもいかにもな男子高校生が二人、ベンチと床に寝そべってダラダラしていました。駅の向かいに高校があるので多分そこの生徒が授業をサボっているのでしょう。まったく、近頃の若者は。
しかしこちらとしても金曜日の講義をサボって東北をブラブラしている大学生(略
※左の画像にカーソルを載せると、現在位置と走行軌跡を表示します。 |
 |
国道4号は私の走った中では最も番号の小さい国道になります。北海道にある最小国道番号は5号ですからね。
そしてキロポストには東京から○○○kmと…!そうか、この陸はトーキョーと繋がっているんだなあ。
すごい!すごいぞ本州! |
 |
一戸町、二戸市、と進み、青森が近づきます。青森県に入る手前で新幹線と立体交差。さすがは新幹線。立派な橋です。
新幹線が走っているのもそうですが、松や杉、柿の木があちこちに生えていたりという植生の面でも、やはり北海道と内地は別物なのだなと思わずにはいられませんでした。こちらは景色が日本なんですよね。どうして北海道が外地なのか、よくわかる気がします。 |
 |
15:24
青森県三戸町に入ります。
一戸→二戸→三戸という町の並びには、往年の名作M○THER2を思い起こさずにはおられません。オネット(one)→ツーソン(two)→スリーク(three)ときて、フォーサイド(four)にあたる四戸が無いのが悔やまれるところです。どせいさんに思いを馳せつつ、道の駅"さんのへ"へ。予想通り、道の駅きっぷはPKサンダーのごとくスカってしまいました。
M○THER2がわからない人、ごめんなさい。
※左の画像にカーソルを載せると、現在位置と走行軌跡を表示します。 |
 |
16:09
国道4号をひたすら北上し、道の駅"とわだ"に。道の駅きっぷはあるはずもなく、そもそも最早、期待もしていなく。この駅では青森土産は充実していたので、方々への土産はここで買い込みました。
それにしても寒い。北海道と比べたらアロハオエ〜な南国だというのに! |
 |
南部町、五戸町、十和田市と走るうちに、いよいよ暗くなってきました。十和田市街地に入る前に、天空開発が十和田市街地をパスできる抜け道を地図上で発見、入ってみましたが地図どおりに走れず、結局速かったのか遅かったのか。
抜け道(?)を抜け、国道102号に入ったところでガソリンを少しだけ入れておきました。 |
 |
16:48
道の駅"奥入瀬"。これが今回の旅最後の東北道の駅となりました。そして、結局東北できっぷは一枚も手に入らずじまいでした。この道の駅で青森へ至る道路の冬季封鎖状況を確認しておきます。
この駅に入る時、左折レーンだと思って歩道に入ってしまいましたよ。だって、車道と高低差ないし、仕切りに白線がしかれているんだもん…
※左の画像にカーソルを載せると、現在位置と走行軌跡を表示します。 |
 |
国道102号→国道103号→国道394号→県道40号青森田代十和田線と、八甲田をなぞるように走ります。
これは、初めて走る本州の本格的な峠道と言えるかもしれません。国道としては北海道基準で言えば無茶苦茶な、しかしとてつもなく興奮する、小腸の柔毛突起のごときぐちゃぐちゃな線形をかみ締めるように走ります。道はやがて湿潤→凍結→雪と移り変わっていき、かなり神経が磨り減ります。ラジオでは山下達郎が、雨は夜更過ぎに雪へと変わる見込みですと天気予報を歌っています。勘弁してください。 |
 |
天空開発が今回の旅で行きたがっていた八甲田でしたが、すでに暗く、その山々は判別できません。しかし雪中行軍遭難者像を訪れておきます。像は思ったよりも奥のほうにあったので、広い駐車場から250mほど雪に埋もれかかる階段を雪中行軍です。北海道だとこんなところ熊が恐ろしくてとても歩けません。
※左の画像にカーソルを載せると、現在位置と走行軌跡を表示します。 |
 |
18:16
「神は我を見放した〜」で有名な八甲田の雪中行軍遭難事件は、もう百年も前の出来事なんですね。参加した210名中199名が死亡した、日本の冬山登山史上最悪の事件でした。
間近に迫る日露戦争に向けて雪中行軍を行うも強烈な悪天候により遭難した帝国陸軍青森第五連隊。その遭難を知らせ、救助を求めるための斥候となって立ったまま仮死状態になって発見された後藤伍長の銅像が雪の中に屹立しています。
私は特にこの事件について予備知識は無かったんですけど、ここに来てみて興味を持ち、帰宅後、事件を小説化した『八甲田山死の彷徨』を読んでみました。これが良著でしたので、講義の最中に一気に読破してしまいましたよ。 |
 |
青森市に戻ってきました。まだフェリーまでは大分時間が余っていますので、ちょっと三内丸山遺跡の方を走ってきました。本当は三内丸山遺跡、昼に訪れてみたかったんだけどなあ。またのお楽しみか。 |
 |
19:41
フェリー乗り場に到着です。やはりまだ時間があまってましたので、少し仮眠をとっておくことにしました。北海道に戻っても、まだ札幌までは長いのです。体力を回復しておかねばなりません。
※左の画像にカーソルを載せると、現在位置と走行軌跡を表示します。 |
 |
21:52
やがて時間が近づき、乗船手続きを済ませ、いよいよ内地ともお別れです。青森の土(アスファルトだけど)を踏みしめ、再訪を約し、フェリーへと車を乗り込ませます。 |
 |
往路と同じ船で、船室で取った場所も往路と全く同じ場所でした。人は少しは多かったけど、やはりガラガラ。去り行く青森の灯りをしばらく窓から眺めていましたが、酔いかけてきたので、MP3プレイヤーで『津軽海峡・冬景色』を聴きながら眠りに落ちました。 |